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小林真一の作品を拾い読み きらめく星座社★ 新刊 『青山かおりの華麗な生活』

小林真一の作品を拾い読み きらめく星座社★

こんにちは。 神戸から生まれた出版社、『きらめく星座社』です。 私たちが送りだす、小林真一・著の作品を、少しずつご紹介していきます。

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新刊 『青山かおりの華麗な生活』

9784904025055.jpg   商品のご注文はこちら


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「住吉川 」 (P6~P7) より・・・


 住吉川の清流に沿って、大都会の真ん中とは思えない、せせらぎに耳を愉しませながらの散策ほど、日々の仕事で疲れた身体を癒してくれるものもない。もう少し贅沢を望むなら、川の西岸に谷崎潤一郎が『細雪』を書いた家「倚松庵」が保存されている、すぐ傍らの清流をまたぐ橋を東岸に渡り、白い瀟洒なマンションの地下にひっそりとある、隠れ家的なレストランで、薫り高い珈琲の一杯も喫して、鼻孔も口舌も慰めてやればよい。もしあなたが空腹だとしたら、それは素晴らしいことであり、石阪春生画伯の絵に囲まれた空間の中で、「こんなところで」と驚くに違いない、みごとなフレンチにありつくことになる。その小洒落たレストランの名を「モーヴ」という。フランス語で紫色を意味する言葉である。
 阪神電車か、六甲ライナーの魚崎駅を降りて、先ずは大きな御影石に彫られた「ここより北側住吉村」その裏に「ここより南側御影村」とある文字を眺め、江戸期に紛争の絶えなかった両村の村境を定めた明治政府の決定力を知るがよい。戦災や数次にわたる山津波、更には阪神大震災のただならぬ被害を受けて、町並みは大きく変貌してはいるが、明治の初期にこの場で見た六甲の山並みと住吉川の清流は、その基本的な姿を今にとどめている。

 六甲連山を背に東岸の道をとって、国道二号線からものの五分も歩けば、そこに「モーヴ」の控えめな看板を見る。明石でその朝獲れたばかりの活きのよい魚が、春夏秋冬の季節に応じて、まさに旬のものとして提供されるのだ。もちろん肉料理だって材料が吟味され、かつて神戸の文化人が美味いビフカツに惹かれて集った歴史がある。どんな人たちがここを訪れたかを知りたければ、オーナーママに頼んで、来訪録を見せてもらえばいい。令名高き文化人たちが老衰を余儀なくされ、足が遠のいてきたのを、店のすぐ裏手にある天下の名門高校「灘高」の先生たちが補っている。その先生たちに我が子の家庭教師を頼めないものかと、「モーヴ」で出会いのチャンスをものにした教育ママの話に尾ひれもついて、それを耳にした阪神間の息子こそ我が命の教育ママたちがまた集う。

 そんな常連客の中に、今やミラノ調の新進デザイナーとして、ファッションの町神戸で名をあげた青山かおりがいる。今日も住吉川沿いの西岸の道を、住吉川の上流の方から、中高時代の友人五名を伴って、せせらぎを愉しみつつ近づいてきた。伴われた五名はまだレストラン「モーヴ」の存在を知らず、かおりが「素敵なお店よ」といった一言を信じて、ついてきたのだった。橋を半分渡ったところで、南野京子が「あっ、あった。あそこね」と叫ぶ。
 一行はかおりと京子の他に、緑山五月、杉田美智、田中玲子、永井麻衣の四人で、京子と玲子が一度結婚したが、「あんな男なにさ」とばかりに、さっさと離婚届を出したバツイチで、幸いなことにまだ子供も生んでいないから、バツイチを武器に後くされのない男と遊んでいる。
結婚して子供も生まれ、そう簡単には離婚もままならぬという組が、五月と麻衣の二人、そして花の独身貴族を謳歌しているのが、かおりと美智の二人であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「住吉川 」 (P6~P7) より・・・


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