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小林真一の作品を拾い読み きらめく星座社★ 2008年06月

小林真一の作品を拾い読み きらめく星座社★

こんにちは。 神戸から生まれた出版社、『きらめく星座社』です。 私たちが送りだす、小林真一・著の作品を、少しずつご紹介していきます。

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【 表題作『ブラック?ホワイト?』 より 】

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・・・・・・・・・・・・・表題作 「ブラック?ホワイト?」 (P10~P12) より・・・
生涯初の海外出張で、ヨーロッパに加えて南アフリカ連邦まで足を伸ばした。
時は一九六八年六月、南半球の南アは真冬だった。
その頃の南アは、アパルトハイトと呼ばれた人種差別の厳しさが世界中に知られていて、白人と黒人とは居住地域も異なるし、同じビル内のエレベーターやトイレも別々に利用するように、それぞれの専用の設備があった。バス停留所も同じ場所の少し離れた二ヶ所があり、ホワイトオンリーのバスとアザーズのバスが別々に走っていた。
テレビや新聞も国際問題や政治に絡むニュースは一切報じない。ヨハネスブルグは真冬で寒いが、インド洋に面したダーバンでは美女が波打ち際で水着姿で寝そべっている。そんな写真が一面を飾る新聞が部屋に配られていた。つまりは情報の社会で南ア政府は、厳重な鎖国政策を取っていたことになる。

入国審査も厳しく、持参したすべての物を数も正確に申告する必要があった。身に付けている下着までが例外ではなかった。いざとなると、スーツケースに収めたパンツが何枚だったかまで把握していない。ハンカチを何枚持っているのか。替えの上着のポケットに入っている可能性もある。
未経験のボクは入国申請書の人種の欄にアジア人と記入したのだったが、横に坐っていたドイツ人がそれを見て、キャビン・アテンダントに新たな用紙を求め、ここにはホワイトと書き直せとアドバイスしてくれた。大連生まれだから、ひょっとすると非日本人の可能性があるが、アジア人で黄色人種であることを否定出来るほど色白でもないし、立体的な顔も持ち合わせていない。隣席のドイツ人は書き直した申請書を見て、それで良いのだと頷いてみせた。事実ボクは白人として無事に入国審査をパスした。胸ポケットに刺したボールペンが、所持品申告から抜けていると指摘はされたが。

ヨハネスブルグを振り出しに、ダーバン、イーストロンドン、ポートエリザベス、ケープタウンと廻ったが、この当時に南アまで足を伸ばす日本人は滅多にいないから、貿易の関係で政府が「名誉白人」として特別待遇してくれる日本人は、常に正装してキチンとした態度でいることが要求された。
移動は常に航空機だが、機内でもアパルトハイトは徹底していて、後部座席に坐らされるのは黒人と決まっていた。日本人には真ん中辺りの微妙な場所が用意された。とにかく「オレはホワイトなんだからな」という態度と姿勢を示し続ける必要があり、ボクは十日ばかりの出張だったが、あんなとこに駐在したら、ホワイトのストレスに押し潰されるのじゃないかと、ヨハネスブルグに三名いた駐在員に深い同情を覚えたものだった。

空港ではフライトのディレイ(遅刻)が頻繁で、時間潰しにレストランに入りコーヒーでも飲もうかとなる。ウエイトレスがやって来て、コーヒーを注ぎ入れ「ブラック?ホワイト?」と訊ねる。コーヒー一杯を飲むのにも、名誉白人の申告が要るのかと、胸を張って「ホワイト」と答える。本物のホワイトのウエイトレスがOKと言いながら、ミルクを注ぎ入れる。南アではミルク入りのコーヒーをホワイトと言うのだと悟ったが、何処へ行っても「白」か否かで緊張しきっている時に、コーヒーの注文にまで、ややこしい言い方はやめて欲しいとつくづく思った。



・・・・・・・・・・・・・表題作 「ブラック?ホワイト?」 (P10~P12) より・・・

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