
その日は休日だった。
Tクンが「カルチェラタン」に
行きましょうかと言った。暴動がまだ
続いていて、もう直ぐにも警官隊と
学生たちとが衝突する時間帯と
なるらしい。
行ってみて驚いた。敷石道の石が
全部はがされている。
学生たちの武器、投石材料として
用意されていたのです。
学生たちのシュプレヒコールは
「ド・ゴール、フランコ、サラザール!」
というものだった。
第二次大戦を戦い抜いた英雄たちだが、
六八年ともなると、最早頑迷な老害と
されていたわけで、巻き添えを食った
フランコ将軍も、サラザール博士も、
さぞかし不本意なことだったろう。
スケジュールでも決まってんだろうか。
Tクンの予言通り警官隊が集まって来た。
その数がどんどん増えて・・・・
・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 四十年の時空を行ったり来たり より
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そんなある日のこと。午後四時に
打ち合わせが終了し、先方からの
提案があった。
「この近くにドナウを見下ろす古城を
改装したレストランがある。そこへ
ご招待したいがご都合はいかが」
実は我々は朝から何も食べていなくて
腹ペコだった。
打ち合わせは現地工場で九時から
行われる。ベオグラードのホテルを
七時四十分には出発しなければ。
ところがホテルの朝食は八時からしか
始まらない。
てな訳で全員朝飯抜きで出発している。
工場で出るものは、トルコ風の濃い
コーヒーと水だけ。
昼食も摂らず午後四時まで延々とやる
のがユーゴの流儀。
そんな時の「ご接待」のプロポーサル。
日本連合から喝采があがった。
レストランまでは近かった。なるほど
良い眺めである。だけど内部の食卓の
上の方が、もっと眺めが魅力的だった。
真っ白なテーブルクロス。銀色のナイフや
フォーク。四重奏団がクラシック曲を
奏ではじめた。
「さあ、食える」日本連合メンバー十数名は
判っていなかった。
部屋の片隅で、食前酒のセレモニーが
始まった。
「今回の国際入札で、貴国に素晴らしく
近代的な製鉄所が生まれることを祝して
乾杯」とボク。
「今回の国際入札に日本連合が
勝利することを祈って乾杯」
ここまでは良い。あとがイケナイ。
カンパイの理由はいくらでも有るし、
無くなったら作れば良い。
ユーゴ人たちは腹ペコではなく、
コニャックと称する地場産の
ブランデーを、より沢山飲みたいから、
何回も乾杯を繰り返したいのだ。
気がつくと、すでに数名の日本軍兵士が
倒れている。
顔色を窺うと「もう限界です。早く何か
食べさせて」と皆が訴えている。
だけど、「郷に入れば郷に従う」
しかないじゃないか。
・・・・・・『 アルプスの小川 』 セルビア人と酒を飲んだら日本人壊滅 より・・
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一通り見るべきものを見ては感嘆し、
宮殿を後にする直前の一期一会。
宮殿のどこかを修理でもしていた
のであろうか、作業服姿の二人の
青年がやってきて、エルベを
見下ろすベンチに腰掛けて弁当を
広げだした。
眼が合った。
何か物言いたげな、やさしい眼を
彼らはしていた。ボク等は日本
から持参のカリントウの袋を開けた
ところだった。
「日本の駄菓子の味を試してみるかい」
とボクは声を掛け、袋の中身を
彼等の手のひらに移してやった。
彼らはしげしげとカリントウを眺めて
から味わい、
「美味い、美味い」
と口々に言った。ボク等はまだ封
を切っていない「草加煎餅」の袋
を持っていた。「そうだ、この方が
良いかもしれない。こいつはビール
にすごく合うんだ。仕事が終わって
から一杯やる時の楽しみにな」と
袋ごと進呈した。
「これは何で出来てるんです?」
「米だよ。日本人の主食が米だって
知ってるだろう」
そんな会話を交わしているうちに、
船の時間が来てボク等は別れた。
船着き場までは歩いて五分ぐらい。
下船する人が多く十分ばかし
待たされた。やがて船は下流の
ドレスデンに向けて出航し、しばらく
して先ほどのベンチにさしかかった。
なんと二人の青年は立ち上がり
両手を振ってボクたちを見送って
くれていた。
激しく感動した。
彼等はおそらく生涯で初めての
日本人に出会い、食べたことの
ない妙なモノを与えられ、ほんの
短い時間をしゃべり、お互いに
名乗りもせず、ただそれだけの
相手に手を振って別れを告げる。
涙が出た。
彼等とは永遠に再会することは
無いだろう。
・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 ドレスデンのエルベ観光船 より・・・
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今は亡きヘルベルト・フォン・カラヤン
が、最後の日本公演のために来阪
したのが、八八年の初夏だったと
記憶する。シンフォニーホール二階の、
右手ベランダ席で、指揮者の横顔が
よく見える席だった。
曲目は「展覧会の絵」と「ボレロ」。
ボクはそれまで、ムソルグスキーと
いう作曲家を、さして好きではなかった
のだが、一人では歩くこともままならぬ
身体で、懸命にタクトを振るカラヤンの
指揮のもと、実際に展覧会の場に
居あわせて、次々と素晴らしい絵画
が目の前に展開されると思える、演奏
に感動したことを、まるで昨日のこと
のように、鮮明に記憶している。
カラヤンとは、これで永遠の別れとなる
ことを、観衆のすべてが知っていて、
だから演奏を終えたカラヤンへの、嵐の
ような拍手はいつまでも鳴り止まず、
カラヤンもまた、それに応えて、不自由
な身体を人の肩を借りながら、何度も
何度もアンコールへの返礼に姿を
現わしたのだった。
大勢が花束を抱えて、カラヤンの元に
殺到した。
あれは素晴らしいシーンだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 オーストリアの館 より・・・
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ある朝のホテルの朝食ルームでの
やりとりです。
「オレにアイをくれないか。長い間
アイに飢えている」
「お前はアイが欲しいというのか?
アイにはカネがかかるぜ、それでも
いいのか」
「承知のことだ。アイだ、アイに
飢えている」
「どんなアイが欲しいのか、三分間
のアイか、それとも五分間のアイの
方が良いか」
「アイの種類はそれだけか」
「そんなことはない。かきまわすアイ
もあれば、一方的に焼きつけるアイ
もある。お望みなら両方を焼きつける
アイだって」
とりあえず五分間のアイを求めました。
ドイツ語で玉子のことをアイと言います。
二個以上になれば、複数形でアイヤー
になってしまう。
アイは求めすぎない方がよろしいようで。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 アイの物語 より・・・
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