小林真一の作品を読むブログ きらめく星座社★

こんにちは。 神戸から生まれた出版社、『きらめく星座社』です。 私たちが送りだす、小林真一・著の作品を、少しずつご紹介していきます。

立ち読みコーナー 「ブラック?ホワイト?」 より

blackwhite.gif


・・・・・・・・・「聖徳太子はホントに偉い人なの 」 (P300〜P302) より・・・

今でこそ日銀券の顔から消えたが、百円札も、千円札も、一万円札も最初に描かれたのは、こぞって聖徳太子だった。
そんなにエライ人だったのだろうか。それならカレの子孫は山背大兄王をはじめ、根こそぎに殺された事実は何を物語るのか。単なる蘇我氏の血を引く皇子の一人に過ぎず、御用済みとなって処置されたのが本当のところじゃなかったのか。
ホントにエライ人なのか、それが戦後の渡来人のボクには理解が出来ないのである。

聖徳太子が理想とし、天智天皇が下地を作り、大宝年間に藤原不比等によって完成する律令制だが、天皇を中心とする一部の貴族の下に、農地と農民のすべてを国有化すると言うのは、悪名高きロシアのツァーリ時代の農奴と、いったいどこに違いがあるんだろう。
農奴制を始めたヤツがエライってなぁ、オカシクはないか。
律令制という言葉をボク流に分析したら、規律と命令になる。お〜、嫌だ嫌だ。そんな世界なんかに住みたくはない。
苛斂誅求の世界から、多くの逃亡者が東国に逃れた。そこで新興の開拓民の手伝いをやり、おそらくは最初は水争いから始まった抗争から、鉄製の本格的な武器が生まれ、東国に武士団が登場する。

これを要するに、古代日本に「ブラック」を支配する「ホワイト」が制度化されたことになる。強烈な人種差別であり、この時の規律と命令の社会が、そのまんま徳川の官僚を作り、国の存亡を賭けた大本営参謀群を作り、いま、どうしようもない官僚王国を作るに至っている。
「和をもって尊しとなす」
そうかなぁ〜と思ってしまう。あれは天皇及び限られた貴族にとっては、都合の良い言葉であろう。「和」が産んだものこそが、今日の「談合」じゃないのか。
「和」なんかを尊重していた日には、社会の進歩はありえない。人間社会の進歩は、常に一部の先駆者が、「和を乱す者」と冷たい視線を受けながら、孤独な労苦の末に実現させてきたものではなかったのか。為政者は特に社会の進歩を嫌う。それは現代の会社にあっても、村落にあってもそうである。
「和」の反語は「争」かといえば、そうとも限らない。
「新」「脱」「開」「拓」「閃」「秀」「英」などを持ち合わせた、一見「異端児」に見える開明者が現われて、周辺の冷たい視線を浴びながらも、敢然と文明を押し進めてきた。
例えば人力で石臼を力ずくで回し、小麦粉を挽いていた時代に、水力エネルギーに目をつけて、水車を廻すチカラを活用して、楽に石臼を回すことを発明した者を、周辺特に長老どもが「楽をしたがるヤツ」と蔑んだことは、容易に想像が出来る。「和」を乱す者と大いに非難されたことであろう。

・・・・・・・・・「聖徳太子はホントに偉い人なの 」 (P300〜P302) より・・・

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立ち読みコーナー 表題作「ブラック?ホワイト?」 より

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・・・・・・・・・・・・・表題作 「ブラック?ホワイト?」 (P10〜P12) より・・・
生涯初の海外出張で、ヨーロッパに加えて南アフリカ連邦まで足を伸ばした。
時は一九六八年六月、南半球の南アは真冬だった。
その頃の南アは、アパルトハイトと呼ばれた人種差別の厳しさが世界中に知られていて、白人と黒人とは居住地域も異なるし、同じビル内のエレベーターやトイレも別々に利用するように、それぞれの専用の設備があった。バス停留所も同じ場所の少し離れた二ヶ所があり、ホワイトオンリーのバスとアザーズのバスが別々に走っていた。
テレビや新聞も国際問題や政治に絡むニュースは一切報じない。ヨハネスブルグは真冬で寒いが、インド洋に面したダーバンでは美女が波打ち際で水着姿で寝そべっている。そんな写真が一面を飾る新聞が部屋に配られていた。つまりは情報の社会で南ア政府は、厳重な鎖国政策を取っていたことになる。

入国審査も厳しく、持参したすべての物を数も正確に申告する必要があった。身に付けている下着までが例外ではなかった。いざとなると、スーツケースに収めたパンツが何枚だったかまで把握していない。ハンカチを何枚持っているのか。替えの上着のポケットに入っている可能性もある。
未経験のボクは入国申請書の人種の欄にアジア人と記入したのだったが、横に坐っていたドイツ人がそれを見て、キャビン・アテンダントに新たな用紙を求め、ここにはホワイトと書き直せとアドバイスしてくれた。大連生まれだから、ひょっとすると非日本人の可能性があるが、アジア人で黄色人種であることを否定出来るほど色白でもないし、立体的な顔も持ち合わせていない。隣席のドイツ人は書き直した申請書を見て、それで良いのだと頷いてみせた。事実ボクは白人として無事に入国審査をパスした。胸ポケットに刺したボールペンが、所持品申告から抜けていると指摘はされたが。

ヨハネスブルグを振り出しに、ダーバン、イーストロンドン、ポートエリザベス、ケープタウンと廻ったが、この当時に南アまで足を伸ばす日本人は滅多にいないから、貿易の関係で政府が「名誉白人」として特別待遇してくれる日本人は、常に正装してキチンとした態度でいることが要求された。
移動は常に航空機だが、機内でもアパルトハイトは徹底していて、後部座席に坐らされるのは黒人と決まっていた。日本人には真ん中辺りの微妙な場所が用意された。とにかく「オレはホワイトなんだからな」という態度と姿勢を示し続ける必要があり、ボクは十日ばかりの出張だったが、あんなとこに駐在したら、ホワイトのストレスに押し潰されるのじゃないかと、ヨハネスブルグに三名いた駐在員に深い同情を覚えたものだった。

空港ではフライトのディレイ(遅刻)が頻繁で、時間潰しにレストランに入りコーヒーでも飲もうかとなる。ウエイトレスがやって来て、コーヒーを注ぎ入れ「ブラック?ホワイト?」と訊ねる。コーヒー一杯を飲むのにも、名誉白人の申告が要るのかと、胸を張って「ホワイト」と答える。本物のホワイトのウエイトレスがOKと言いながら、ミルクを注ぎ入れる。南アではミルク入りのコーヒーをホワイトと言うのだと悟ったが、何処へ行っても「白」か否かで緊張しきっている時に、コーヒーの注文にまで、ややこしい言い方はやめて欲しいとつくづく思った。



・・・・・・・・・・・・・表題作 「ブラック?ホワイト?」 (P10〜P12) より・・・

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【 炎の商社マン 第一章より 】

炎(上)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(上) 第1章 』より・・・・・・・


昭和44年(1969)1月のある昼下がり、一人の男が大阪中之島にある中央公会堂の階段に腰をおろし、長い間座り込んでいた。

1月にしては暖かい日ではあったが、それでもオーバー・コートを着ることもなく、頭を深々と下げた格好で身動きもしないのは異常な光景といえた。

ホームレスにしては、身だしなみが良すぎるその男、高木源一郎は、名門商社トーセンのハンブルグ支店長兼欧州繊維部長という要職にあった。そんな立派な肩書きを持つ男が、なにゆえに冬空の下、オフイス街を離れた場所に、オーバー・コートもなく座り込んでいなきゃならんのか、当の高木自身がサッパリ分かっていなかった。
「まる光さんまでが・・・・・」と、高木がつぶやくのを場所柄耳にする者は誰もいない。

ようやく顔をあげた高木の両目は充血していて、まだ涙の跡が光って見える。いい中年の男がひとしきり泣いたものとみえた。顔には深いシワが何本も刻まれ、苦渋のさまがより際立っていた。

中央公会堂前の広場のかなたに、木村長門守重成殉忠の碑が建っている。ふと我にかえった高木が、自身のあり様を不審げに辺りを見回したとき、目に飛び込んできたのが、この碑であったが、はて木村長門守ってのは何者だったかそんなことは今の高木にとっては、どうでもよいことであった。

「オレはどうして、こんな所に居るんだろう」。
ぶるっと震えた高木は、あらためて自分がオーバー・コートを着用していないことに気づき、頼りにしていた光柳専務から、「今はお前のことなんぞに関わりあってる暇はない。出て行ってくれ」と、冷たく言い放たれてそのまま会社を飛び出し、足の赴くままに堺筋を北上して、中之島公園にまで夢中でやってきた、自分の足取りを反芻していた。

「すべては、あん畜生のせいだ。とんでもない疫病神を抱えこんだものだ」。
「それにしてもトーセンも変わってしまった。合成繊維の連中がいつの間にあんなに鼻息が荒くなったんだろう。それにひきかえ綿糸布部門の沈滞ぶりは情けないほどだ」。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(上) 第1章 』より・・・・・・・


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【 はぐれ狼が奔る 】

狼



・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 【俺が辞めたらいいんだろう】 』 (P9〜P11)より・・・


牧山春彦は突然会社を辞めた。
辞表を書いたわけじゃない。書きたくても辺りには手頃な用紙も筆も無かった。目の前のテーブルにあるのは、ウイスキーのボトルと水差し、いい加減な「おつまみ」の皿と幾つかのグラス。夜の蝶とは呼べない蛾に似た女たちと三人の中年男。
「ボクが辞めればいいんでしょう」。そう叫んだ春彦自身が、自分がいま何を言っているのかの意識が無かった。春彦の正面に座っていた野川の顔が歪んで見えた。同席していた宮崎と藤原からニヤケ面が消え、ポカ〜ンとした間抜け顔に変貌した。
嬌声を上げていた女たちが、時刻が止まったように黙りこくった。沈黙を破ったのは野川だった。予想もしなかった春彦の宣言に一瞬驚きのあまり我を失ったが、日本の大手商社の一角をしめる世紀物産の常務取締役の肩書を持つ自分が、今どう対処すべきなのか、その立場を思い出したようだった。
「なんてことを言い出すんだ。今の俺が会社と社員との板挟みでどれだけ苦しんでいるか、それを一番理解してくれるのが牧山、お前だと思えばこそ帰国を急がせた。繊維部門を統括する俺の片腕にとウイーンで活躍中のお前を、あえて指名したんだ。その俺の思いが分らんのか」
「わかりませんねぇ〜、それなら何故ここに、この二人が居るんですか。こいつらこそが会社を苦境に追い込んだ害虫でしょうが。この場が本当にボクの慰労のための席だとしたら、害虫二匹をなぜ呼んだんです」
女たちの眼前で害虫呼ばわりをされた宮崎が青ざめ、藤原の方は逆に顔を真っ赤に染めていきりたった。
「なんだとぅ〜、害虫とはなんて言い草だ」
「そのものズバリだろうが、お前がハンブルグで行った悪行の数々、ようも今日までクビにならずに済んだことだな。常務、こいつを駆除せよと言われるのならお受けしましょう。なんでこんな害虫どもが、今回の肩たたきから免れて、ただ五〇才を越えてラインから外れているという理由だけの理由で、七人もの先輩をボクが首切り浅右衛門の役を果たさねばならんのです。いつから世紀物産はそんな薄情な会社に成り下がったんですか。あの竹下の馬鹿が社長になってからとは知っています。野川さん、貴方までが竹下の言うなりになるとはねぇ〜。世紀物産ももう終りですなぁ〜。そんなに首切りせなあかんほど会社が傾いたんなら、ボクも余計なもんでしょうから、真っ先に辞めようじゃないですかと、そう言ってるだけじゃないですか。どこか可笑しいとこありますか」
ここは北新地の本通りじゃないにせよ、堂島上通りにあるクラブ「以志原」である。満席にはほど遠いにせよ、四組ほどのグループ客も入り、声のよく通る春彦の怒りにまかせたぶちまけを、他所のトラブルは蜜の味と言わんばかりに、興味深かげに耳をすましている。



・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 【俺が辞めたらいいんだろう】 』 (P9〜P11)より・・・

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【はぐれ狼が奔る】

狼


「お前、そこで何をウロウロしてる」

「いや、この辺りに面白い店があると聞いて・・・」

「日本の駐在員か」

「そうだ」

「いつもは、何処へ行く」

「レーパーバーンだ」

「お座なりでつまらんだろう」

「その通り、もう飽き飽きした」

「ようし、分った。お前はいいヤツのようだ」

で、例の隠し窓のドアを開けさせ、黒人の仕切り女に「オレのダチだ。大事に扱え」と紹介してくれたのだった。

「これはという来客だけ案内しました。黒田さんを入れて十人ぐらいだけですよ。しかし黒田さん、よくやるよなぁ」

「もう言うなって」

黒田とはそんな仲であった。


・・・・・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 』 人事開発室という名の牢獄 より・・・

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【 炎の商社マン 】

炎(上)


「欧州繊維部長としてのオレが何も
知らされていなくて、一兵卒のお前が、
いろいろと並べてる。組織がたるんでいる
証拠じゃないか」

「よくそんなことが言えますね。組織の
タガをゆるませて平然と5年も無駄飯
食ってた人に、バカらしくて本社も連絡
なんか取る気が無いでしょう。貴方は
ご自分が意志決定者だと思ってられる
ようですが、決定はすべて本社ベースで
行われます。
それから、えらく興奮して居られるよう
ですが、早くもキミからお前に格下げ
ですか。
会社なんだから、キミと呼ぶぐらいの
落ち着きを保って欲しいもんですな」

「お前なんか、お前で充分だ。
キミなんてガラか」

「だんだんホンネが出てきたようですな。
稼ぎも無い欧州繊維部長なんて、ただの
現場見回りみたいなもんで、誰も司令官
なんて思っちゃいませんよ。せいぜい
自覚して本社の信頼を取り戻す努力を
なさることです」

「オレが司令官じゃない? そんなら何か? 
貴様が新任の司令官だとでも言うのか!」

「ほう、今度は貴様ですか。そんなに頭に
血を上らせなくても話は出来るはずです
けどね。血圧いくつあるんです」

「貴様、オレに喧嘩売る気か」

「困ったお人だな、聞きしにまさるオッサンやねぇ」  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(上) 』より・・・・・・

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【アルプスの小川】

 アルプス


その日は休日だった。
Tクンが「カルチェラタン」に
行きましょうかと言った。暴動がまだ
続いていて、もう直ぐにも警官隊と
学生たちとが衝突する時間帯と
なるらしい。
行ってみて驚いた。敷石道の石が
全部はがされている。
学生たちの武器、投石材料として
用意されていたのです。
学生たちのシュプレヒコールは

「ド・ゴール、フランコ、サラザール!」

というものだった。
第二次大戦を戦い抜いた英雄たちだが、
六八年ともなると、最早頑迷な老害と
されていたわけで、巻き添えを食った
フランコ将軍も、サラザール博士も、
さぞかし不本意なことだったろう。
スケジュールでも決まってんだろうか。
Tクンの予言通り警官隊が集まって来た。
その数がどんどん増えて・・・・



・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 四十年の時空を行ったり来たり より

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【はぐれ狼が奔る】

狼


バーテンが

「あちらのお客様からです」

と小声で囁く。
ブラ水を目の前に上げ、一口啜る
前に女性の方を見やる。女性は
ニッコリしながら自分のグラスを
取り上げ、乾杯の合図を寄越す。

綺麗な女性だ。娼婦には見えない。

メモを読む。「ご一緒しません」と
書かれてあった。女性の方を見ると、
メモを読んだと知って、再度乾杯の
合図を寄越した。

長尾からさんざんオンナ学
を叩きこまれた後だ。


牧山も普通の牧山じゃなくなって
いる。
ブラ水のグラスを持ち、席を移す。
女性の隣にだ。

(おいおい、春彦。今夜はやけに
大胆じゃないか)



・・・・・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 』 癒しのエンジェル より・・・

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【 炎の商社マン 】

炎(下)


黒服がワインはどうしますかと聞く。

「専務は、赤白に拘る方ですか。魚介だから白とか」

「いや、そんなこだわりを持つほどのワイン通じゃない。
せっかくだから東ヨーロッパのワインがあれば、
思い出になるな」

中原が黒服に訊ねたら「雄牛の血」の名で知られる
ハンガリーの銘酒があった。

武田がOKしたから、それをオーダーする。
エグリ・レイカベルはハンガリー人が誇りとする
歴史的事実に基づく名前である。オスマントルコに
東南欧が席捲されたとき、ハンガリーの勇士たちが
孤城に籠もり、激戦の末に遂に城を守り抜いたという
歴史である。
勇士たちを称えるべく「雄牛の血」という名が与えられ、
その名がそのまま銘酒の名前とされている。
日本人が聞いたら、ちょっと気持が悪い名だが、
オーストリアでもドイツでも、エグリ・レイカベルは名高い。

食事をすませ、心身ともに疲れたからと武田が部屋に
引き取るのを見送り、中原は寝るにはまだ早いし、
バーカウンターに移ってブランディをロックでと注文。

ちょうど武田と入れ替わるように二人連れが
食卓に着いたが、バーカウンターに座り背を
向けている中原は気づかなかった。


二人連れは誰あろう、アリババと小沢吾郎だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(下) 』より・・・・・・・

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【アルプスの小川】

 アルプス


そんなある日のこと。午後四時に
打ち合わせが終了し、先方からの
提案があった。
「この近くにドナウを見下ろす古城を
改装したレストランがある。そこへ
ご招待したいがご都合はいかが」
実は我々は朝から何も食べていなくて
腹ペコだった。
打ち合わせは現地工場で九時から
行われる。ベオグラードのホテルを
七時四十分には出発しなければ。
ところがホテルの朝食は八時からしか
始まらない。
てな訳で全員朝飯抜きで出発している。
工場で出るものは、トルコ風の濃い
コーヒーと水だけ。
昼食も摂らず午後四時まで延々とやる
のがユーゴの流儀。
そんな時の「ご接待」のプロポーサル。
日本連合から喝采があがった。
レストランまでは近かった。なるほど
良い眺めである。だけど内部の食卓の
上の方が、もっと眺めが魅力的だった。
真っ白なテーブルクロス。銀色のナイフや
フォーク。四重奏団がクラシック曲を
奏ではじめた。
「さあ、食える」日本連合メンバー十数名は
判っていなかった。
部屋の片隅で、食前酒のセレモニーが
始まった。
「今回の国際入札で、貴国に素晴らしく
近代的な製鉄所が生まれることを祝して
乾杯」とボク。
「今回の国際入札に日本連合が
勝利することを祈って乾杯」
ここまでは良い。あとがイケナイ。
カンパイの理由はいくらでも有るし、
無くなったら作れば良い。
ユーゴ人たちは腹ペコではなく、
コニャックと称する地場産の
ブランデーを、より沢山飲みたいから、
何回も乾杯を繰り返したいのだ。
気がつくと、すでに数名の日本軍兵士が
倒れている。
顔色を窺うと「もう限界です。早く何か
食べさせて」と皆が訴えている。
だけど、「郷に入れば郷に従う」
しかないじゃないか。


・・・・・・『 アルプスの小川 』 セルビア人と酒を飲んだら日本人壊滅 より・・



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【はぐれ狼が奔る】

狼


丸大が囁く。

「ここの客、皆偉い人たちばかりの
ようですね」

牧山は声をひそめたりしない。

「ああ、そうだな。ライオンばかりだな」

「やはりライオンですか」
と丸大はあくまで小声。

「ライオンたって、動物園のライオンだ。
腹が減ったら園丁がエサを持って来る。
それが当たり前と思っている。そのうち
年齢がいって毛並みが悪くなったら、
元のサバンナに戻されても、
手前でエサなんか取れん、
哀れなライオンだよ。

キミはまあ野良犬だな。
オレだって野良犬だ。
手前のエサぐらいどうとでもする誇り
高き野良犬だ」

揚げたての天麩羅が次々と差し出される
のを食べながら、つと横を見たら、なんと
丸大のやつは、折角の揚げたてに箸を
つけようともせず、俯いて漬物でご飯を
食べていた。

流石に小声となり、

「お前、何やってんだ、天麩羅は揚げたてを
食べるのが、職人さんに対する礼儀だぞ」

丸大はやっと、恐る恐る天麩羅に箸を運んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 』 動物園のライオン より・・・


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【 炎の商社マン 】

炎(上)


東繊は中原信介にとって、小学校3年生の
幼いときからの憧れの職場で「ボクは将来
必ずあの会社に」と心に決めた会社であった。

父の仕事の関係から大連に生まれ、奉天
から新京へと転校した信介が偶然手にした
一冊の「黒革の手帳」。それは「東繊手帳」
として世に知られた分厚いもので毎年の
お歳暮に関係先に配られるものだった。

新京の同じ隣組仲間に戸川という二年生が
居り、兵隊ごっこで信介の当番兵を務めて
おり、上官である信介に貢物として進呈
されたものが「東繊手帳」だったのである。
戸川の父が東繊の新京支店長(後に専務)
で、何冊かを家に持ち帰った中からの一冊
が信介の手元にきたことになる。

革の匂いと独特の手触り、2センチはある
分厚い中味。そして何よりも幼い信介の心
を捉えたのが、見開きに掲げられた大阪
高麗橋の本社ビルの威容を写した写真で
あった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(上) 』より・・・・・・

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【アルプスの小川】

 アルプス


一通り見るべきものを見ては感嘆し、
宮殿を後にする直前の一期一会。

宮殿のどこかを修理でもしていた
のであろうか、作業服姿の二人の
青年がやってきて、エルベを
見下ろすベンチに腰掛けて弁当を
広げだした。

眼が合った。

何か物言いたげな、やさしい眼を
彼らはしていた。ボク等は日本
から持参のカリントウの袋を開けた
ところだった。

「日本の駄菓子の味を試してみるかい」

とボクは声を掛け、袋の中身を
彼等の手のひらに移してやった。
彼らはしげしげとカリントウを眺めて
から味わい、

「美味い、美味い」

と口々に言った。ボク等はまだ封
を切っていない「草加煎餅」の袋
を持っていた。「そうだ、この方が
良いかもしれない。こいつはビール
にすごく合うんだ。仕事が終わって
から一杯やる時の楽しみにな」と
袋ごと進呈した。

「これは何で出来てるんです?」

「米だよ。日本人の主食が米だって
知ってるだろう」

そんな会話を交わしているうちに、
船の時間が来てボク等は別れた。

船着き場までは歩いて五分ぐらい。
下船する人が多く十分ばかし
待たされた。やがて船は下流の
ドレスデンに向けて出航し、しばらく
して先ほどのベンチにさしかかった。
なんと二人の青年は立ち上がり
両手を振ってボクたちを見送って
くれていた。

激しく感動した。

彼等はおそらく生涯で初めての
日本人に出会い、食べたことの
ない妙なモノを与えられ、ほんの
短い時間をしゃべり、お互いに
名乗りもせず、ただそれだけの
相手に手を振って別れを告げる。

涙が出た。

彼等とは永遠に再会することは
無いだろう。



・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 ドレスデンのエルベ観光船 より・・・




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【はぐれ狼が奔る】

狼


「これは山川がつるんでるな」
と石田が言う。

「キミとの共同出資も、最初から取り込み詐欺
のつもりだったんだろうな。こんな筋書きは
沖原には出来すぎだ。
裏で操ったのは山川幸助だろう。手形屋に
入れた担保は、ありゃ沖原本人の物じゃない。
奥さんの実家がやっていたメリヤス工場の後
を宅地にして、沖原のために実家の親父さん
が建てた家だ。
たぶん奥さんも知らんうちに沖原が持ち出し
たんだろう。あいつも罪なことするなぁ〜」

しばらく経って、山川から電話があった。

「山川さん? どちらの?」

「おい、ええ加減にせえよ、そないに大勢の
山川と付き合いあるんか」
と凄む。

「なんや高槻の不良か、沖原どこに匿うてん
のや」

「何を、お前誰に向かってモノ言うとんねん」

「だから高槻のワルによ。今から府警本部に
連絡取って、お前んとこ家捜しさせたろか」

牧山が府警本部の警視正と付き合いがある
ことを山川は思い出したようだった。

「パスポート返したれや」

「それ見ろ、お前が黒幕だってこと、
今認めたな」


電話が切れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 』 手痛い出資金詐欺に より・・・


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【 炎の商社マン 】

炎(下)


「稟議書ですか。そんなもん書きませんよ」

「第一、ボクは今までにも稟議書なんて
書いたこと一度もありませんけれど。
いい加減、勝手に新分野を開拓させて
もらいましたが。あの稟議制度やめたら
どうですか。
関係ない連中にまで、いたずらに案件
を知らせるだけの代物で、百害あって
一利もありません。お互いリスクの
なすりつけ合いのためのハンコ取り
ですから」

「お前、今まで稟議書書いたことないって、
それ本当か。
ようも勝手にいろんなこと、誰の承認印も
無しにやってきたな」

「そのかなりの部分が、部長いや違った、
専務の管轄下での仕事でしたけど。専務
はボクが廻した稟議書なんてご覧になった
ことないでしょう」

「う〜む、社内規定違反行為の常習者だったか」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(下) 』より・・・・・・・

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【 アルプスの小川 】

 アルプス


今は亡きヘルベルト・フォン・カラヤン
が、最後の日本公演のために来阪
したのが、八八年の初夏だったと
記憶する。シンフォニーホール二階の、
右手ベランダ席で、指揮者の横顔が
よく見える席だった。

曲目は「展覧会の絵」と「ボレロ」。

ボクはそれまで、ムソルグスキーと
いう作曲家を、さして好きではなかった
のだが、一人では歩くこともままならぬ
身体で、懸命にタクトを振るカラヤンの
指揮のもと、実際に展覧会の場に
居あわせて、次々と素晴らしい絵画
が目の前に展開されると思える、演奏
に感動したことを、まるで昨日のこと
のように、鮮明に記憶している。

カラヤンとは、これで永遠の別れとなる
ことを、観衆のすべてが知っていて、
だから演奏を終えたカラヤンへの、嵐の
ような拍手はいつまでも鳴り止まず、
カラヤンもまた、それに応えて、不自由
な身体を人の肩を借りながら、何度も
何度もアンコールへの返礼に姿を
現わしたのだった。

大勢が花束を抱えて、カラヤンの元に
殺到した。

あれは素晴らしいシーンだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 オーストリアの館 より・・・



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【 はぐれ狼が奔る 】

狼


「週刊誌だとっ」

「それが分っていて、なぜ止めない。
なんのために、繊維担当から引上げて、
専務昇格含みで人事担当にしたのか
意味がないじゃないか。
今の牧山は我を忘れている。まさに
群から離れた狼だ。中川や大沢に噛み
付くのはまだしも、かつての直属の上司
にまで噛み付くほど、常軌を忘れたわけ
じゃあるまい。
何だったらキミだけじゃなく、オレも参加
して牧山の慰労をやると伝えて、週刊四季
の方は断らせろ。社長直々の慰労会が
入ったからといえば、先方もキャンセル
仕方なしと納得するんじゃないか」

ここらの展開まで、牧山は読んでいた。

野川が苦渋に充ちた顔で、竹下の意向を
伝えたところ、意外にも牧山は応じたのである。

「なんだ、さっきまで先約ありと強硬だったじゃないか」

「強硬を貫いた方がいいのなら、そうしますが」

「いや、そりゃ困る」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 』 トカゲの尻尾切り より・・・



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【 炎の商社マン 】

炎(上)


コースは知多半島にある。

試し打ちの結果は上々で、両名共に左右
のブレがなく、打球の距離も30ヤードほど
も伸びたと思えた。当然両名ともご機嫌が
良い。

昼食時にビールの小瓶を一本づつ飲んで、
更に機嫌の良くなった東山が、イン10番の
ティから、キャディが「もう少し待ってください」
と制止するのを

「もういいだろう、そんなには飛ばんよ」

と打ったショットが気持ちよく伸びて、フェア
ウエイ中央に飛び、そのままランも伸びて、
前を行く4人組の歩む前までも転がっていった。

これは「打ち込み」といって、ゴルファーとして
は、厳に戒めねばならぬマナー違反である。
青くなった頭取に代わり、常村が走り、精密
機械メーカーの田村専務も走って、前の組に
追いつき、平謝りに謝った。

相手の紳士の中の一人が、謝る二人を無視し、
遅れてくる東山が頭を下げるのに、ニコヤカに
応じて右手の平を大きく開き示した。

東山も後の3人も、紳士が了解の合図をした
ものと思い安堵したのだったが・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(上) 』より・・・・・・・




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【 アルプスの小川 】

アルプス


ある朝のホテルの朝食ルームでの
やりとりです。

「オレにアイをくれないか。長い間
アイに飢えている」

「お前はアイが欲しいというのか?
アイにはカネがかかるぜ、それでも
いいのか」

「承知のことだ。アイだ、アイに
飢えている」

「どんなアイが欲しいのか、三分間
のアイか、それとも五分間のアイの
方が良いか」

「アイの種類はそれだけか」

「そんなことはない。かきまわすアイ
もあれば、一方的に焼きつけるアイ
もある。お望みなら両方を焼きつける
アイだって」

とりあえず五分間のアイを求めました。

ドイツ語で玉子のことをアイと言います。
二個以上になれば、複数形でアイヤー
になってしまう。

アイは求めすぎない方がよろしいようで。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 アイの物語 より・・・



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【 はぐれ狼が奔る 】

狼


「牧山ではあるけど、何か用でもあったかい」

「いえ、上司の中川から、一連の失礼の段を
くれぐれもお詫びせよ。今夜中にもお邪魔する
ようにと申し付かりまして、私は人事課長の
山野でございます。ご迷惑でなければ今から
でもそちらに伺ってお詫びしたいと、今ここに
中川も居るのでございますが」

「大変迷惑な話で、お断りします」

「中川専務が居るのなら、こうお伝えください。
牧山は専務のご希望通りの、どうしようもない
破廉恥漢で、早速ホテルのバーで見つけた
可愛い子ちゃんと仲良しになって、今からもっと
仲良しになろうとしている最中ですってな。
専務が喜びそうなニュースだろうが。てなわけ
で邪魔すんなよな。二度と電話なんかするな」

かおりの部屋に戻ると、牧山の声が聞こえて
いたらしく、

「嬉しいわ、可愛い子ちゃんだなんて」

「だって、可愛いもん。他に言い方ない
じゃないか」

「会社からだったのね。こんな時間なのに」

「なに、ボクが怒って何をしでかすか、社長も
重役連中も、息をひそめてビクビクしてるって
ことさ」

「いったい、何があったの」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 はぐれ狼が奔る 』 ヒーローを救え より・・・



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【 炎の商社マン 】

炎(下)

ところでヤツはどうしてんだろう。

小沢はまたも中原信介に逢いたくなった。
中原と話していると、実業の世界に身を
置いたことの無い小沢までが、妙にビジネス
社会にのめりこみそうになるのである。

そこで感じる独特の高揚感は、なんとも
いえない快感でもある。

小沢はここからサン・モリッツに向うつもり
である。
ホテルの予約は取っていないが、初夏の
このシーズンはスキーリゾートのサン・モリッツ
は、むしろオフシーズンだから、クエレンホッフ
の紹介で、最高級のホテルがとれる筈である。
小沢は名刺入れの中にある、中原のものを
取り出して電話をかけた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 炎の商社マン(下) 』より・・・・・・・


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【 アルプスの小川 】

アルプス

駅の周りは畑で囲まれ、ホテルはおろか
店の一軒もない。タクシー乗り場なんて
当然ないし、バス停もない。

一人いた駅員は、電車が引き返していって、
用が無くなったらしく、どこかへ消えちゃった。

さぁ困った。

十月末のことだったから午後三時を過ぎて
辺りは暗くなってくるし、よっぽどミュンヘン
に引き返そうかと思ったが、時刻表を見たら
次の電車は五時間ぐらい後になる。

ボクはどうしたらいいんだろう。

季節は十月末、晩秋というよりは冬が始まり
かけている。暮れなずむ駅舎の斜め前に、
どうやら絵地図があると見てそこへ行った。
絵地図の中で駅舎は最も南の東側にあり、
ゲーテは北西の隅に描かれていた。その間
の距離が分からない。
二ヶ月のドイツ語学習期間に備えて、サムソ
ナイト二個を抱えているから、どうしたって
タクシーが要る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『 アルプスの小川 』 ドイツ語学校へ より・・・




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